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「人にやられて嫌なことはしない」だけだと足りない。正しいマインドは?

 「人にやられて嫌なことはしない」という言葉を聞くことがある。

 一見正しいことを言っているようにも見えるがこの言葉を盲信しすぎると、「自分がやられると嬉しいから、それを他人にやって嫌がるなんて思いもしない」という事が起こってしまう。
 かと言ってこの基準が全て悪いと考えると人は他人に何も関わること無く一人で過ごすべきとなってしまう。

 ここで駄目なことはその考え方が全て悪いのではなくて「自分を疑わずに盲信しすぎる事」や「他人に何も確認しない事」。
 自分が人にやられて嫌だと感じるを他人にしていい場合もあるし、逆に自分がされて嬉しいからと言って他人にそれをすると嫌がられる場合がある事を常に心のどこかに置いておくといい。


 例としては「作品のネタバレ」がある。
 基本的に世間ではネタバレはNGだと思うがむしろネタバレを見て興味がわく人もいる。何かの作品の話をしたい場合は「どこまで知っているか」や「ネタバレOKかNGか」などで相手との距離を理解する事が出来る。
 自分がネタバレOKだからといって先の展開を言うと相手が嫌がる。
 ただ相手はネタバレOKでその作品に興味を持ちたいのに、全ての情報をシャットアウトして何も語らないと作品の魅力は伝わらない。

 小さい頃に「人にやられて嫌なことはしない」と教わったかもしれないし、これから子育てをする時に教えようと思っているかもしれない。
 ただこの言葉の本質を捉えて盲信しすぎないようにしたほうがいい。

更新日:2021/12/30